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実際、看護婦になった友人と入試の面接の話をすると、この手の質がいるのかしら″なんて、とんちんかんなことを考えていたんです。
実際面接が始まり、白衣を着た貫禄のある年配女性を見て、〃ソウフチョゥ=総婦長″なんだということは、直感的にわかりましたけどね。
その女性は、まさに〃婦長の親玉〃にふさわしい面構えをしておられました。
ちなみに、面接に際して私が彼女から聞かれたことは、ひたすらお金のことだったと記憶しています。
「助産婦まで行くと、本当にお金がかかるんですよ。
国立で学費が安いからといって、医学書その他でお金がかかることは覚悟してください。
在学中は勉強第一でアルバイトもできませんから、たいへんなんですよ」これに対しては、自分としては十分な資金の蓄えがあり、いざとなれば親からの援助も受けられると、口から出まかせに答えました。
今ではそんなこともなくなりましたが、当時は看護学生のアルバイトは禁止、という看護学校がほとんど。
それでも隠れてやっている学生が多いとの情報も得ていたので、とりあえずいいように答えておけ、というわけです。
問をされた人って、少なくないんです。
なかには、非常に高齢の校長から、開口一番、「あんた、金は払えるのかい」と、聞かれた経験を持っている人もいます。
ただ、これには、裏話があって、その校長である女性は元現役の看護婦。
私財をなげうって看護学校を作った、ただひとりの女性なのです。
こうした背景を知ると、彼女の質問もまた、深いものがあると思いませんか?彼女にとってその学校はまさに彼女の人生の集大成。
けっして楽ではなかっただろうその経営を考えると、「あんた金払えるのかい」と、ひとりひとりに聞きたかった気持ちもわかる気がします。
実際、その面接を受けた私の友人は、その迫力に感動して、入学を決めたそうですから、出会いって本当に不思議。
私自身は、Oでの面接でそこまで感動はしませんでしたが、それこそ、お金がかからないで勉強ができるから看護婦になる、という人が多かった時代が長かったのかなと、そんな時代の名残りを感じたのは事実です。
実は、面接に先立って、私には大きな不安がありました。
それは、大学時代の〃悪行″の数々。
幼いころからさまざまな市民運動にかかわっていた母親の影響もあって、大学時代、私は婦人問題研究会に所属し、いろんなデモや集会に参加していました。
そうした時、学生の多くは、マスクやタオルで覆い、顔を隠すでしょう?あれは、公安に写真を撮られて、企業や官庁にばらまかれると、就職の時に困る、っていうのが最大の理由。
でも私、悪いコトするわけでもないのに、顔を隠すっていうのがすごくいやだったから、デモや集会には必ず素顔で参加。
それも雰囲気を明るくするよう、できるだけ派手な格好で参加するのをモットーにしていたので、たしかにびしばし、写真は撮られてたんですよね。
それもポーズつきで……。
それはそれで、私全く後悔はしていません。
でも、厚生省前で数日ハンストしながら寝泊まりしたなあ、なんてことを思い出すと、厚生省管轄の国立病院に本当に入れるんだろうかと、不安が募ったのが本音。
そして、なにがあっても、運動歴をさとられまいと気を使いすぎたのが徒となり、思わぬ墓穴を掘ってしまったのです。
お金のことに終始した総婦長からの質問の次に、ちょっと恐持ての院長が、こう私に尋「あの、運動って、スススス…スポーツのことですかっ?」あの時の、院長、総婦長の唖然とした顔が、今も忘れられません。
べつにそんなこと、わざわざ聞くまでもなく、院長は、単にスポーツ、の意味で運動という言葉を使ったのでしょう。
でも、私にとってはやっぱり、運動=スポーツではなく、運動=ムーヴメント。
人間いざっていう時に、そういう身体に染みついてるものが出ちゃうってことなんですね。
「M子さん。
あなたは学生の時、なにか運動はなさってましたか」この質問に、私はもう完全硬直。
冷たーい沈黙のあと、私ははっと気づいて、こう尋ねました。
そして、私のうろたえ方を見て私の経歴に気づいたからかどうかわかりませんが、とにかく、私は大蔵の面接で見事、不合格。
学科で落ちるのもいやなものだろうけど、面接で落ちるのは、ひょっとすると、それ以上にいやかもしれない。
だって、学科で落ちる分には、来年力をつけてから受ければ受かる可能性がありますが、面接で落ちたとなれば、何年受けてもダメそう。
今にして思えば、あの〃運動発言″は私の考えすぎで、それよりも、「経済的に自立した女性になりたいからこの仕事を選んだ」という動機についてのほうが、気に入られなかったかもしれませんけどね。
その当時はまだ、〃看護といえば世に奉仕″という考え方のほうが、好まれたのだということは、Oに合格した受験生からの情報で知りました。
そして、大蔵がダメとわかってから、東京厚生年金の試験までは、ひたすら面接のイメージトレーニング。
学科は受かっていたこともあって、勉強はそれほどしませんでした。
「M子さん学生時代、運動はなにかなさっていましたか?」「はい。
水泳です、水泳で鍛えた身体で、世のため、人のために、ご奉仕する所存です」この仮想問答を、どれだけくり返したことでしょう。
今思い返すと、顔から火を噴きそうな台詞です。
そして、いよいよ東京厚生年金の面接の日。
私は、聞かれもしないうちから、自分が目的のない大学生活を心から反省し、いかに看護の道への意欲に燃えているか、早々に独演会を開いてしまったのです。
総婦長、院長がここにいるということは、この人たちのお眼鏡にかなえば、入学はおるこうして東京厚生年金への入学が決まったため、都立の看護学校は受験せずに終わりました。
か、就職だって決まるんだ、そう思うと、一度は〃大学出ても無職″の恐怖におののいた身としては、異常なまでに力がこもってしまうのでした。
おそらく私、ひとりで約二十分、しゃべりまくったのではないでしょうか。
それはそれで、とてもはた迷惑な話だっただろうし、あの思い込みの強さって、マイナスに評価されても仕方がなかったところだと思います。
しかし、今度は、万歳!合格でした。
T看護専門学校に掲げられた合格発表の模造紙に、二十五番という番号を見つけた時のうれしさといったら…。
ああ、私はお勤め人になる切符を手に入れたのだ。
ああ、採っていただいてありがたい。
ずっとここでお世話になろう。
まさにそんな思いでした。
そして、まだ入学できただけだというのに、勤続十年、三十年、そして定年と、その都度表彰を受ける自分の姿が頭に浮かび、異常なまでにテンションが上がってしまったのです。
年齢制限が緩く、年長の学生が多いこと。
寮の規則が厳しくないことなどから、都立を第一志望にしようとも思っていたのですが、いざ、ひとつ学校が決まったら、どうでもよくなってしまったんです。
ふたつの学校の試験だけで、私はもう、燃え尽きてしまった。
もう一校受ける元気は、どこにも残っていませんでした。
看護婦のなかには、数校かそれ以上の看護学校を受験した経験を持つ人もいますし、高校、大学の受験でも、十校以上受ける強者が必ず何人かいました。
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